★(1901〜1920年)★
1901年
<語呂>一苦労して1党結成、社会民主党(チャチャ丸さんの語呂)
<出来事>社会民主党の結成。日本最初の社会主義政党。片山潜、安部磯雄、幸徳秋水らが結成したが、設立当日に治安警察法によって即刻禁止された。

1901年
<語呂>怒(ドイツ)濤のいきおい(1901)八幡製鉄所。いきおい(1901)良く操業八幡製鉄所(オカピさんの語呂合わせです)
<出来事>八幡製鉄所の操業開始。日清戦争の賠償金をもとにドイツの技術を導入して建設。中国の大冶(ターイエ)の鉄鉱石、筑豊炭田の石炭(のち満州の撫順炭田の石炭)を利用した。重工業発展の基盤となる。

1902年
<語呂>日暮れに結んだ日英同盟
<出来事>日英同盟を締結。ロシアの南下政策に対抗するため、日本がイギリスと結んだ同盟。第一次世界大戦では日本は日英同盟を理由に参戦。ワシントン会議の四カ国条約によって破棄された。

1904年
<語呂>得をしようと日露戦争
<出来事>日露戦争。朝鮮の支配権をめぐって日露が対立し戦争に発展。仁川沖海戦で開戦した。翌年、アメリカ大統領セオドア=ルーズベルトのあっせんによってポーツマス条約で講和した。

1905年
<語呂>遠くで行うポーツマス
<出来事>ポーツマス条約。日露戦争の講和条約。日本側全権は小村寿太郎、ロシア側の全権はウィッテ。(1)韓国における日本の優越権、(2)南樺太を日本に譲る、(3)遼東半島南部の租借権南満州鉄道の利権沿海州の漁業権を得る。条約の内容に不満(直接賠償金が得られなかった)な民衆は日比谷焼き打ち事件を起こした。

1905年
<語呂>怒った(05)民衆が焼き打ち事件
<出来事>日比谷焼き打ち事件。ポーツマス条約に反対するグループが集会後、条約破棄を叫んで暴動化。政府は東京に戒厳令をしいて軍隊を出動させた。

1906年
<語呂>塾がおろそか日本社民党(ゆんさんの語呂です)。いい(1)国(9)にしようと、おもむろ(06)に結成した社会党(鬼の勝負師さんの語呂です)。日(1)暮(9)れ(0)迎(6)えて日本社会党結成(勇者さんの語呂です)
<出来事>日本社会党結成。日本最初の合法的社会主義政党。堺利彦、片山潜らが結成。第一次西園寺公望内閣の融和政策に乗じて結成されたが、党内の路線争いによって分裂し政府に結社禁止を命じられた。

1909年
<語呂>塾に遅れた博文暗殺(ゆんさんの語呂です)
<出来事>伊藤博文が暗殺される。初代の韓国統監であった伊藤博文はハルビン駅頭で韓国併合に反対する韓国の青年、安重根に暗殺された。

1910年
<語呂>人悔いを残す韓国併合
<出来事>韓国併合。前年の伊藤博文の暗殺をきっかけに日韓併合条約を調印。1945年まで朝鮮総督府による植民地支配をおこなう。初代の総督は寺内正毅(マサタケ)。創氏改名、神社参拝の強制などの皇民化政策を進めた。

1910年
<語呂>人、苦渋をはらむ大逆事件
<出来事>大逆事件。無政府主義者による明治天皇暗殺計画という理由で幸徳秋水ら26名を起訴。翌年全員が有罪とされ、幸徳秋水ら12名が死刑になった。

1911年
<語呂>得意な一撃,辛亥革命
<出来事>辛亥革命。清朝を倒し,中華民国を建てた中国の革命。孫文の中国革命同盟会が湖北省の武昌で起こした反乱がきっかけとなった。

1911年
<語呂>低い位置から対等へ
<出来事>関税自主権を回復。小村寿太郎外相が日米通商航海条約改正に成功し、関税自主権を完全に回復。これによって江戸時代の末期に結ばれた不平等条約が改正された。

1911年
<語呂>工場の人(1)の苦痛(9)をいちいち(11)改めよう工場法(鬼の勝負師さんの語呂です)。お得(19)でいい(11)かも工場法(ゆんさんの語呂です)
<出来事>工場法公布。最低年齢12歳、労働時間12時間、深夜業禁止などを定めたが、15人未満の工場には適用されず、期限付きで14時間労働を認める。実施は1916年。

1912年
<語呂>得意になります第1次護憲運動
<出来事>第1次護憲運動。第二次西園寺公望内閣のあと内大臣の桂太郎が三度目の組閣をすると、「閥族打破、憲政擁護」をスローガンに数万の民衆が議会を包囲して辞職を要求するまでに発展。立憲政友会の尾崎行雄、立憲国民党の犬養毅らが桂内閣を打倒した。大正政変とも呼ぶ。

1914年
<語呂>行く意思あります? 第一次大戦
<出来事>第一次世界大戦(〜1918)がはじまる。サラエボ事件をきっかけに第一次世界大戦が勃発。日本は日英同盟を理由に参戦し、ドイツの支配する膠州湾(コウシュウワン)や青島を占領した。さらに中国の袁世凱政府には対華二十一か条の要求を突きつけた。

1915年
<語呂>得意のごり押し二十一カ条
<出来事>対華二十一カ条の要求。第二次大隈重信内閣の加藤高明外相が中国における利権拡大のため袁世凱政府に要求した。山東省のドイツ権益の譲渡などを求め5月9日に16ケ条を承認させた。中国ではこの日を「国恥(コクチ)記念日」と呼んだ。

1917年
<語呂>得意な両人,石井・ランシング協定
<出来事>石井・ランシング協定。日本の特使石井菊次郎と米国務長官ランシングとの間で締結された協定。米国は中国における日本の特殊権益を、日本は中国の門戸開放を承認。1923年の九カ国条約によって廃棄。

1917年
<語呂>得意な革命、ロシアで起こる
<出来事>ロシア革命(3月革命、11月革命)。3月革命でロマノフ王朝が倒れロシア帝国が崩壊したが、新政府は戦争を継続したのでレーニンを中心に11月革命が起こった。

1918年
<語呂>ひどく嫌なシベリア出兵
<出来事>シベリア出兵。日米英仏がチェコ兵の救出を名目に出兵。日本のみ1922年まで出兵を継続した。これをきっかけに、日本国内では米の買い占めがおき米価が急騰。米騒動が発生した。

1918年
<語呂>人、食いはぐれて米騒動
<出来事>米騒動。シベリア出兵にともなう米の買い占めや売り惜しみが原因となり米価が急騰。富山県魚津の漁村の主婦が起こした一揆(越中女一揆)をきっかけに騒動が各地で起こった。政府は軍隊を出動させて鎮圧。米騒動の結果、寺内正毅(マサタケ)内閣が崩壊した。

1918年
<語呂>ひどく言わない原敬
<出来事>原敬の本格的な政党内閣。寺内正毅のあと立憲政友会の原敬が組閣。日本最初の本格的政党内閣。在任中、ベルサイユ条約調印、国際連盟加盟などを行ったが普通選挙には反対した。原敬は爵位を持たず「平民宰相」と呼ばれた。

1919年
<語呂>行く行くベルサイユ
<出来事>ベルサイユ条約調印。第一次世界大戦の講和条約としてパリ講和会議で結ばれたドイツと連合国の条約。ドイツに多額の賠償金を課した。日本は山東省の旧ドイツ権益の継承、南洋諸島の委任統治を認められた。日本の全権は西園寺公望(サイオンジキンモチ)。

1919年
<語呂>行く行く三・一、独立運動
<出来事>三・一運動。朝鮮の反日独立運動。京城(ソウル)で朝鮮人民が独立万歳を叫んでデモを行い全土に拡大した。日本は武力によって鎮圧。万歳事件ともいう。

1919年
<語呂>行く行く五・四運動
<出来事>五・四運動。日本が山東省の旧ドイツ権益を継承することを認めたベルサイユ条約に対して、北京の学生が反対運動を起こした。これをきっかけに、中国に反帝国主義、愛国運動が広がった。

1919年
<語呂>行く行くワイマール
<出来事>ワイマール憲法。第一次世界大戦敗北を契機として勃発したドイツ革命によって帝政ドイツが崩壊し、その後に制定されたドイツ国の共和制憲法。社会権を認めるなど民主的な憲法であることが特徴。

1920年
<語呂>特に礼をいう、国際連盟
<出来事>国際連盟の成立。アメリカ大統領ウィルソンの提唱で設立された。本部はスイスのジュネーブ。発足当初の常任理事国は英・仏・日・伊。

1920年
<語呂>特に大声あげた、第1回メーデー
<出来事>第1回メーデー開催。毎年5月1日に行われる労働者の祝日。1936年には軍国主義的風潮が高まりいったん中断。1946年に復活し現在まで続いている。