−さん(た)(san4)−
・三太(さんた) 1.江戸時代の商家で、丁稚(でっち)、小僧などの通称。 参考:お三どん 2.愚鈍な者を嘲(あざけ)って言う呼び名。3.犬にさせる芸の一種。「ちんちん」のこと。 ★丁稚小僧達がよく犬にたわむれて、この芸を仕込むところから呼ばれるようになったという。一説にキリシタンの礼拝の形に似るところから「サンタマリア」の略とも<国語大辞典(小)> 4.(3.から)他人に世辞を言うこと。追従(ついしょう)すること。諂(へつら)うこと。5.賭博の「おいちょかぶ」で、手の合計数が三であること。
・三立てを食う(さんたてをくう)[=食らう・喫(きっ)する] 三回立て続けに負ける。三連敗する。 例:「先月はドラゴンズに三立てを食った」 ★日本のプロ野球からできた造語。同じチームと3試合続けて戦う決まりであることに因る。 ★接尾語の「立て」は、室町時代頃から勝負事の回数を数えるのに用いられていた。また、江戸時代には、歌舞伎の幕数を数えるのにも用いられた。
・三太郎(さんたろう) 1.江戸時代の商家で、丁稚(でっち)、小僧などの通称。2.愚鈍な者を嘲(あざけ)って言う呼び名。3.迷子(まいご)の別称。 ★迷子を捜し歩く際に、みんなで声をそろえて「迷子の迷子の三太郎やあい」と呼んだという<国語大辞典(小)>
・山中の賊を破るは易く心中の賊を破るは難し(さんちゅうのぞくをやぶるはやすくしんちゅうのぞくをやぶるはかたし) 山に潜(ひそ)む賊を退治するのは易しいが、心の中の邪念に打ち勝つのは難しい。己の欲望を制御(せいぎょ)するのは難しいということ。 出典:「陽明全集−与楊仕徳薛尚謙書」「嘗寄書仕徳云、破山中賊易、破心中賊難」 王陽明が46歳の時(1517年)、門人・楊仕徳に送った書簡にある言葉。 出典:王陽明全集(おうようめいぜんしゅう) 文集。王守仁(陽明)撰述。10巻。「王文成公全書(おうぶんせいこうぜんしょ)」から、上秦文や書翰・詩・学問論などを選出し収録したもの。
・山中暦日無し(さんちゅうれきじつなし) 山中に間居(かんきょ)して、世間から隔(へだ)たって暮らしていると、歳月の経過などどうでも良いようになるものである。隠者の悠然とした生活の喩え。 出典:「唐詩選−太上隠者・答人詩」「偶来松樹下、高枕石頭眠、山中無暦日、寒尽不知年」 詩の作者が人から姓名を問われたとき、名乗らずにこの詩を書いて答えとした。
・三刀の夢(さんとうのゆめ) 出世(しゅっせ)を暗示する夢のこと。また、そういう夢。 類:●丁固生松 故事:「晋書−王濬伝」 晋の王濬(おうしゅん)が三本の刀に更に一本が加わったという夢を見た。不吉に思っていると、主簿(しゅぼ)の李毅(りこく)が、刀は「リ(りっとう)」で、それが三つ並べば「州」の字になり、そこに一本が「益(ま)」したので、これは益州の刺史になる夢であるという。そして、後にその通りになった。
・三度の火事より一度の後家(さんどのかじよりいちどのごけ) 女にとっては、三度火事に遭(あ)うよりは、夫に死なれて後家になる方が遥(はる)かに不幸な出来事であるということ。
・三度の飯も強し柔し(さんどのめしもこわしやわし)[=柔らかし] 三度三度の炊飯でも、ご飯が固過ぎたり柔らか過ぎたりで、丁度良い炊け具合いになるのは難しい。日々のことさえ思うようにいかないのだから、世の中のことは尚更だということ。
・三度の飯より好き(さんどのめしよりすき) 一日に三回の大切な食事を抜いても良いほどに、ある事が好きだということ。ある事柄に熱中している喩え。 例:「博打が三度の飯より好き」
・三度目の正直(さんどめのしょうじき) 最初の二回は失敗したりして当てにならなくても、三回目は巧くゆくということ。 反:■二度あることは三度ある