−とし1(tosi1)−
・年あり(としあり) 1.稲が良く実る。豊年である。豊作である。 用例:新勅撰−410「あらはれてとしあるみ世のしるしにや」 2.長い年月が経過する。数年になる。 用例:俳・去来抄−同門評「予、此人を教る事とし有」 用例の出典@:新勅撰和歌集(しんちょくせんわかしゅう) 9番目の勅撰集。鎌倉時代。貞永元年(1232)後堀河天皇の命により藤原定家が撰し、文暦2年・嘉禎元年(1235)最終的に成立。代表歌人は、藤原家隆・良経・俊成・公経・道家、慈円、源実朝など。幕府に近い人物の歌が目立つ一方で後鳥羽院に近い関係者の歌が除かれている。 用例の出典A:去来抄(きょらいしょう) 江戸中期の俳論。3冊。向井去来。安永4年(1775)刊。芭蕉およびその門人の俳論を集成したもので、版本では「先師評」「同門評」「修行教」の三部から成るが、本来は「故実篇」を加えた四部作。蕉風俳諧の本質に触れたものが多く、不易流行、かるみ、さび、しおりなどを研究する貴重な資料。
・年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ(としうえのにょうぼうはかねのわらじをはいてでもさがせ) 年上の女は目走りが利くから「目ます繁盛」といって重宝がられたらしい。それを嫁としてを得るため、擦り減らない「鉄(かね)の草鞋」を履いて、方々歩いて探せということ。「金の草鞋」は、年上の女房に限らず、値打ちの高いものを探すときの喩え。 類:●姉女房は身代の薬●七つ違いは鉦(かね)や太鼓で探せ ★「金(きん)の草鞋」と言われることもあるが、誤用。 蛇足:「1つ年上(一つ勝り)の女房」なのか「2つ」なのかは諸説あり、大方では「1つ」が優勢。「3つ」という説まであるが、現在では、年齢差は省いて使われることが多い。6つ違いは睦ましい、8つ違いは末広がりなどの言い習わしもある。 参考:諸国道中金草鞋(しょこくどうちゅうかねのわらじ) 絵草紙。十返舎一九。文化11年(1814)。24編。絵草紙に滑稽文や狂歌を織り交ぜ、土地土地の紹介をした道中記。著者が道中で世話になったお店(たな)を、積極的に本文中に紹介するという、積極的なタイアップ広告を行なっていた。
・年遅し(としおそし) 閏月(うるうづき)があって、例年よりも季節の訪れが遅い。 用例:宇津保−国譲・下「としいとをそきとしにて」
・年が改まる(としあらたまる) 1.年が替わって新しい年になる。年が替わる。2.年号が変わる。改元される。
・年甲斐もない(としがいもない) 年齢に相応(ふさわ)しくない愚かな事をする。年齢に似合わず無分別である。好い年をして浅はかな行いをする。 例:「私としたことが年甲斐もない」
・年が薬(としがくすり)[=意見] 年齢がその人の行動を制御する薬になるという意味で、年を取るに従って思慮分別が身に付いてくるということ。
・年が足る(としがたる) 年齢が積もる。大人になる。また、老年になる。 用例:源氏−東屋「いはけなくとしたらぬほどにおはすとも」
・年五十にして四十九年の非を知る(としごじゅうにしてしじゅうくねんのひをしる) 五十歳になって、今までの四十九年間の生活が間違いだらけであったことに気付く。 1.何歳になっても、更なる修養(しゅうよう)を心掛けるべきだということ。 類:●六十にして六十化する 出典:「淮南子−原道訓」「キョ[草冠/遽]伯玉、年五十而知四十九年非」 2.とかく人生には、後悔が多いものであるということ。
・年寒くして松柏の凋むに後るるを知る(としさむくしてしょうはくのしぼむにおくるるをしる) 寒い冬に他の植物は萎(しお)れると、松や児手柏(このてがしわ)が緑の色を保っていると知れる。艱難(かんなん)に遭って初めて、人の真の価値が分かるものである。また、通常の時は君子も常人と違わないが、事変に遭うとその真価が現れるものだということ。 類:●歳寒の松柏●挙世混濁して清士見わる 出典:「論語−子罕」「歳寒然後、知松柏後凋也」
・年問わんより世を問え(としとわんよりよをとえ) 年齢の多少を問題にするより、その人の過去の処世が立派であったか、そうでないかを問題にせよ。経験の多少を問題にしなさい。
・年には勝てぬ(としにはかてぬ)
・年に不足はない(としにふそくはない) 1.世間の例から考えたら、高齢なので、いつ死のうとも心残りはない。 2.年齢が若過ぎるということはない。