初詣

2018年の初詣は、「三社参り(⇒wikipedia)」に倣って、いつもの「近所の神さま」の他に、「宮尾神社」と「浅草寺」にお参りしたが、「宮尾神社」と「浅草寺」は、立地と規模においては、超対照的と言えるかも知れない。
(自分には「宮尾神社」の方が合っているか。m(_ _;)m)
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「宮尾神社」~夕焼小焼のふるさと~(境内に置かれていたフライヤーより抜粋)
正式社名は住吉神社琴平神社合社といい、宮尾山上にあるところから宮尾神社と呼ばれる。創建は元暦年間(1185年頃)。
(夕やけ小やけふれあいの里に展示)
童謡「夕焼小焼」の作詞者、中村雨紅は宮尾神社の境内で明治30年2月6日に、宮司高井丹吾の三男として出生した。本名は高井宮吉。恩方村報恩高等小学校卒業後、明治44年に青山師範学校(東京学芸大学)に入学し、卒業後は第二日暮里小学校に奉職した。
(境内に置かれていたフライヤー)
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このフライヤーによると、「歌詞中の鐘はどこの寺のものか、雨紅は明らかにしていない。」とある。
実は、私は「宮尾神社」の近く、同じ上恩方の「興慶寺」というお寺の鐘

に違いないとずっと思っていたので、あらためてネット検索してみると、
厚木市の(有)市民かわら版社の記事
「中村雨紅が愛した夕焼けの里」http://www.kawara-ban.com/yuyakenosato.html
がヒットし、そこに詳しく書かれていた。
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後に雨紅は生来のトボケた発言をして、この本家争いに決着をつけた。
「遠い昔のことで、あの鐘の音はどこの鐘楼から聞こえてきたか忘れてしまったよ。
みんなの心の中にある夕焼けの鐘でいいんじゃないかな。
草川先生は長野善光寺さんの鐘と言ったが、私は郷里の全部のお寺の鐘であったと思うが、いけないかね」
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なるほど。

どの鐘かはさておき、「宮尾神社」( http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/minamitama/hachiouji/5981/ )は山の中の小さな神社かなと思って訪れたら、境内には「夕焼小焼」の歌詞を彫った「夕焼の碑」があり、予想に反して立派なのに驚いた。


(夕やけ小やけふれあいの里に展示)

毎年、こちらにお参りしたいなと・・・。

一方、浅草寺の方へは、今日行ったのだが、吾妻橋から見た「スカイツリー」や「アサヒビールタワー」は夕日で黄金に輝き、絶景であった。(アサヒビールタワーのオブジェはもともと金色だが。)

(吾妻橋より)

新しい年が素晴らしい一年でありますように、このBlogを見て頂いている全ての皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。
(2018.01.06)

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