風車

「風車(ふうしゃ)」と「風車(かざぐるま)」の違いは、「ふうしゃ」は発電・製粉・風速計といった目的があるもので、「かざぐるま」は玩具、か。

「風車(ふうしゃ)」
「ふうしゃ」の風景で思い出すのが、アニメの『フランダースの犬』。最終回はあまりにも悲しすぎた。放送された、1975年の12月、高校生だった私も思わず泣いてしまったし、今でも思い出すだけで泣けてしまう。

私は「ネロとパトラッシュを死なせないで!」派の方でであった。

最近の発電目的の風車は、日本にもあちこちにあり、時々見かけるが、ここ(青山高原風力発電所)もそのひとつ。

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(2011年6月 青山高原風力発電所

「風車(かざぐるま)」
「かざぐるま」の方で思い出すのが、「風車の弥七」。
風車の弥七(かざぐるまのやしち)は、TBS系列の時代劇『水戸黄門』で、黄門一行が危機に直面するとどこからともなく現れてピンチを救う元忍者、という設定だったが、私も、弥七(中谷一郎さん)のファンだった。
ただ、風車を手裏剣の代わりの武器として投げていたが、実際には、物理的に(空気抵抗を考えると)絶対に無理だよな~、と思いながら見ていた小学生がここにもいた。(^ー^)
(2016.11.12)

3.11

最近、また津波が発生したりで、あの時の記憶が甦って、何だか落ち着かない。
あの日の朝は、出張で、松本は「美ヶ原」にいた。
朝食が済み次第、山を下りて事務所に戻り、溜まった仕事をやらなきゃ、という予定だった。
その移動の途中、電車の中での出来事であり、私にとっては幸いな状況となった。
電車は、丁度、駅に停まる直前だったので、何事もなかったかのように、降りることができた。
また、普段なら約50kmの通勤距離が、その時には自宅から約15kmの距離にいた。お蔭で、6時間掛かっただけで、帰宅難民にならずにすんだ。

2011年3月11日、sekiyoshi 51歳。
あの日から、まだ生きさせてもらっている自分の姿勢の基準を、「悔いなく、出来るだけ楽しく!」に。勿論、他人やまわりに迷惑をかけない範囲で。(^ー^)
それまでも、「宇宙人」(=地に足がついていない,変わったやつ??)と見られていたようにも感じていた訳だが・・・。(^^;)
(2016.11.27)

 

美ヶ原高原

長野県のほぼ中腹に位置する「美ヶ原高原」。
最高峰、2034mの王ヶ頭にある、『王ヶ頭ホテル』へ、仕事で一度だけとはいえ、行くことができたのは良かった。四季折々、何度でも訪れたい場所である。
そして、訪れた日が、2011年3月10日、震災3.11の前日であったことも、忘れられない記憶になっている理由である。
まず、迎えてくれたのが「樹氷」。
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言葉での表現が難しいが、「訪れて良かった」と思わせるものが間違いなくある。

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(2011年3月11日早朝)
そして朝食を頂いたあと、横浜の事務所への移動を開始した。
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この日は、無事家に帰れて、本当に良かった。
出張していて運が良かった、と思わせる唯一の日だったかも知れない。

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(2016.11.27)